ナラティブによる「売上」以上の効果とは。社会を変えた事例から考える、企業が明日からできること

2022年4月20日〜21日、オンラインイベント「ソーシャライズサミット2022 真っ先に選ばれるブランドになるための新常識」を開催しました。

情報爆発の時代において、真っ先に選ばれるブランドとなるために有効なのが、マーケティングコミュニケーションの 「ソーシャライズ」 です。

ソーシャルメディアに代表されるように、人と人、興味と興味がつながり、あらゆる垣根を超えた発信や共有が当たり前となったいま、企業は消費者とどのようにコミュニケーションしていくべきなのでしょうか。

トークセッション「『企業と生活者が共に紡ぐ物語』のつくりかた」では、『ナラティブカンパニー 企業を変革する「物語」の力』の著者である株式会社本田事務所の本田哲也さんと、トライバルメディアハウス代表の池田紀行が対談。

ナラティブとは何なのか? 企業がナラティブアプローチをするには何から始めればいいのか? など幅広いテーマを掲げ、90分間議論しました。

登壇者
株式会社本田事務所 代表取締役/PRストラテジスト 本田 哲也さん

株式会社トライバルメディアハウス 代表取締役社長 池田 紀行

『ナラティブカンパニー』著者が考えるPR、そしてナラティブとは

「この20年でPR市場が拡大し、その重要性が理解されるようになりました」

そう話したのは、本田事務所の代表取締役を務める本田さん。長年PRの専門家として従事しながら、この20年での変化をどのように捉えているのでしょうか。

本田「日本で『PR』といえば、プロモーションの一環やメディア掲載のための活動など狭義として理解されることが多かったのですが、より広義に理解されるようになったのは、特にソーシャルメディアやSNSの普及が影響しています。

生活者と企業の関係がつながり、見えるようになったことから、企業が一方的に発信することだけでなく、まさに “企業と社会のリレーションズ(関係構築)” が重視されるようになりました」

そうしてPRへの理解が進んできた現在は、マーケティングやPRにおいて「ナラティブ」という言葉が注目を集めています。続いてナラティブとは何か、についてご説明いただきました。

本田「ナラティブはいくつかの領域で発達してきた概念で、臨床心理学や教育学、社会学、行動経済学などの分野でも研究されてきた概念です。私自身は、マーケティングやPR領域において『企業と生活者が共に紡ぐ物語』と表現しています。企業が一方的に伝えるものではなく生活者と『共に紡ぐ』という点がポイントです。

企業の価値を高めていくために、さらにはソーシャルメディアの利用を前提とした社会においてマーケティングやPRを語るために、ナラティブは特に重要なテーマなのです」

このナラティブについて理解を深めるために、本田さんはよく「ナラティブ」と「ストーリー」の違いについて話をするそうです。「どちらも『創業者や企業の強い思い』が起点である一方で、①演者、②時間、③舞台という3つが異なる」と言います。

本田「ストーリーは、①企業やブランドが、②過去、もしくはいま終えた話を、③企業起点で伝えるものであり、ナラティブは、①生活者が、②未来も含めた現在進行形で起こる話を、③社会起点で伝えるものです。つまり、ストーリーが企業の想いを伝えるものであれば、ナラティブは社会における考えや価値を伝えるものなので、ナラティブの方がより広い概念です」

近年、ナラティブと並んで語られることの多い「パーパス」も、ナラティブと同じく社会起点で「なぜ社会に存在しているのか、という企業の存在意義」を伝えるもの。本田さんは「ナラティブの起点となるのがパーパスである」と説明しました。

「売上」以上の効果を得た、味の素冷凍食品のナラティブ事例

次に、味の素冷凍食品株式会社が行った「冷凍餃子 手間抜き論争」のナラティブアプローチをご紹介いただきました。2020年の8月4日、とある主婦のツイートが話題になったのです。

https://twitter.com/ponkots15493241/status/1290605153993633793?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E1290605153993633793%7Ctwgr%5E%7Ctwcon%5Es1_&ref_url=https%3A%2F%2Fnote.tribalmedia.co.jp%2Fn%2Fn350b2a69328f

このツイートに対し、味の素冷凍食品のX(旧Twitter)アカウントが投稿。

当時アカウントを運用していた同社の担当者の方(中の人)も、2人のお子さまを持つお母さんだったそうで、3つに連なるツイートでは “餃子を作るために野菜を切ったり餃子を包んだりする手間を、冷凍餃子の工場が代わりに担っている” と指摘しました。これが8.3万RT、27.9万いいねを記録し(2022年7月5日時点)、起点となった主婦のツイート以上の反響を得ました。

これらを受けて、味の素冷凍食品と本田事務所はナラティブのストーリーを文章化し、2020年10月6日にプレスリリースを配信。本田さんは「Xアカウントの担当者とはいえ、個人が発信したものを企業としての意見に昇華することが重要」だと強調しました。

さらには、「手間の可視化」として冷凍食品が作られる144もの工程を動画で公開しました。

この動画は90万回再生され、キー局を中心に270件のメディア露出を獲得し、大きなPR効果を得る結果に。さまざまな反響について本田さんはこう分析します。

本田「メディア露出後は商品の売上が前年より118%に増え、冷凍食品に関する肯定的なツイートが約3倍に増加しました。

この事例で注目したいのは、生活者と企業が『冷凍食品は手抜きである』というパーセプション(認識)を『冷凍食品は手抜きではなく手 “間” 抜きである』という新しいパーセプションに変えた、ということです。売上が増えたこと以上に、『冷凍食品を使ってもいい』というパーセプションチェンジを促したことが最大かつ最重要の効果です」

一連の「手間抜き論争」はいまもメディアなどで取り上げられていることから、本田さんは「冷凍食品が生活を豊かにする一つの選択として定着した」と言います。これから先も主婦の負担を軽くし、家族やご自身にかけられる時間が増えていることを想像すると、その影響の大きさは計り知れません。

池田も「生活者が主役の現在進行形の話題として、社会で語り継がれているという点は理想的であり、ソーシャルメディアの普及によって企業と生活者がつながることができているから実現できたもの」と伝えました。

“手間抜き” を広告で出すだけではダメなのか? 他社に再現性はあるか

味の素冷凍食品の事例には、従来のパーセプションを変えたということ以外にもいくつかのポイントがあるようです。

本田「味の素冷凍食品の例で分かるのは、ツイートしたユーザーも味の素冷凍食品のXアカウント担当者も、ご自身の経験のうえで語っていたんですよね。だからこそ他のユーザーの心に響き、世の中にまで影響したのです。企業と生活者のナラティブがつながったからこそ成り立ったと言えます」

起点となった両者の想いが、舞台となる社会全体で共感を得られたということがポイントの一つと伝えられました。

他方、池田からは「事例のように『冷凍食品を使うと罪悪感がある』などのターゲットインサイトをアンケート調査などで発掘し、TVCMやオウンドメディアのコンテンツで発信するだけでは、ここまで大きな話題にならなかったのでは」と指摘。

これに対し、本田さんは「ならないと思います」と返したうえで、ナラティブアプローチの注意点を伝えます。

本田「インサイトや購買の障壁になっていることを把握するのは良いのですが、意識や行動変容をさせることを目的とするなら、一方的に伝えるコンテンツでは不十分です。生活者と紡いでいくには「共創」が重要。そのためには企業と生活者による『共体験(※)』が必要です」

※ ある集団内、あるグループ内で同じ体験価値を共有すること(書籍『ナラティブカンパニー 企業を変革する「物語」の力』p.42より引用)

続いて、味の素冷凍食品の事例のように生活者からの発信がない場合はどうするべきか? という点についても議論しました。ナラティブアプローチのために、何から取り組めばいいのでしょうか。

本田「企業が何らかのコンテンツを発信してから、生活者との紡ぎ合いがはじまることもあります。そのためには、冷凍食品市場の動向や冷凍食品の利用率などから生活者を捉えるのではなく『みんなが感じていること、思っていること』をいかに具体的に把握できているか、というのがポイントになります。これらを実践できている企業は多くないため、まずはそこから着手していくのが望ましいでしょう」

池田「企業が生活者のインサイトを把握するために、調査以外にもソーシャルリスニングなどをしますが、その際はブランド名をはじめ、何かキーワードを入力して目的的に調べることが多いと思います。

ただしその方法ではナラティブの種を見つけづらいので、キーワードの仮説を立てるためにも、社会や物事をリフレーミングする(物事を見る枠組みを変えて違う視点で捉える)ことが重要です」

重ねて、池田は「ブランドマーケティングに携わっている方は、ブランドのメガネをかけた状態で生活者を見ていることが多い」と指摘。そのうえで、まずはそのメガネを外し、可能であれば他ブランドや他業界のマーケティング担当者同士で、互いのナラティブアプローチやコンテンツを生活者目線でフィードバックし合うことも良いと伝えました。

ナラティブアプローチのKGIは? 実践のために明日からできること

さらに、ナラティブアプローチを実践する企業はどのような目標を立てればいいのか、という点についても議論を深めました。

本田「現時点でスタンダードとなるKGI・KPI、測定方法はありませんが、『パーセプションチェンジ』は一つのヒントになると思っています。ナラティブを展開することで生活者のパーセプションチェンジがされているかどうかという点を追っていき、認識を変えることで購入意向を高めていくというのが望ましいと考えています」

池田「つまり、まず『冷凍食品は手抜き料理である』というようなパーセプションが購入意向の妨げになっているという仮説を立て、そのパーセプションを変えるナラティブアプローチを行い、『手抜きでないなら買ってもいい』『買いたい』と思ってもらう。認識の変容を目標に掲げ、それによって購入意向の向上を目指す、ということなんですね」

最後は本田さんから、ナラティブアプローチを実践するベンチマーク企業として『パタゴニア』や『メルカリ』、アメリカのメガネブランド『Warby Parker』が紹介されました。日本ではまだまだ少ないようですが、スタートアップやD2Cブランドも参考になるようです。

特にスタートアップは、生活者や各ステークホルダーに存在意義を示し、ワクワクさせることが重要。そのように考えると、改めて「ナラティブ」と「パーパス」は密接して関わっていることが分かります。

本田「ナラティブもパーパスも外部に答えを求めすぎてはいけません。答えはすでに社内にある。自分たちの中にしかないと考え、経営者はもちろん、事業部や宣伝部、広報部、人事部などの異なる部署が連携しながら眠っている種を一緒に見つけていくこともそうですし、生活者やパートナー企業と一緒に『やれそうなことは何か』を探し続けることが重要です」

マーケティングやPR領域で広がりつつある「ナラティブ」。企業起点ではなく「社会起点」だからこそ、マーケティングを担う部署だけでなく広報や人事、経営者と議論し、ソーシャライズしながら生活者と紡いでいくことが必要です。本セッションで議論されたエッセンスは、これからのマーケティングやPRの指針となることでしょう。

議論のまとめ

・ナラティブとは、「企業と生活者が共に紡ぐ物語」

・味の素冷凍食品の事例で最も注目したいのは、売上以上に「冷凍食品は手抜きである」というパーセプション(認識)を「冷凍食品を使ってもいい」に変えたこと

・ナラティブアプローチをするためには、自社ブランドに関する調査だけでは得られない「みんなが感じていること、思っていること」を具体的に把握することがポイント

・ナラティブアプローチでは認識の変容を目標に掲げ、それによる購入意向の向上を目指すのが望ましい

本田さんの著書『ナラティブカンパニー 企業を変革する「物語」の力』(東洋経済新報社)、そして2022年6月20日に出版された池田の著書『売上の地図 3万人を指導したマーケティングの人気講師が教える「売上」を左右する20のヒント』(日経BP)は以下よりご購入いただけます。

どちらも、これからのマーケティングやPRを考えるために必要なヒントが得られる内容です。ぜひお手にとってご覧ください。

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